最近は見かけなくなったが、ひところ、千葉駅前で似顔絵描きをしている若者がいた。細面の顔に黒ぶちのメガネをかけた、つんつん頭の、20代くらいの男だ。
千葉駅前の広場(?)は、けっこう規制もゆるく、その男以外にも、ギター弾きやら、ダンサーやら、詩人やらが、好き勝手に活動している。マナーさえ守っていれば、ぼくはこういう人を応援したいと思っている。いいものに出逢えば、お金を落とすこともある。
そんな気持ちがあるから、はじめてその似顔絵描きを見かけたときも、興味を持った。
で、近くにいって、かれの絵を見てみようと思ったのだが、何と、ボードらしきものに「冷やかしは来んでええ!」と書いてある。
そうなると、単なる興味本位で近づくわけにはいかない。ぼくはあきらめて、立ちどまることなく、かれの前をとおりすぎた。
そのときだ。
その男が、両手で画用紙を持ち、こちらに向けてきた。
何だろう? 何かメッセージのようなものが書いてあったが、一瞬だったから読みとれなかった。
ちょっと気になったので、少し離れた場所から男を観察した。男はぼく以外の人にも、その画用紙を、ちらっちらっ、と向けていた。
ぼくはメッセージの内容を読みとるべく、目をこらした。
そこには何と、こんなことが書かれていた。
関東の男は気取り屋ばっか!
何? こいつ喧嘩売ってんの?
男は道行く人のすべてに、その画用紙を掲げていた。ちらっ、ちらっ、という感じに。顔は不敵ににやついていて、いかにも人を小馬鹿にした感じだった。
馬鹿か? こいつ人間が三流すぎるだろ?
絵が売れないからって、それを通行人にぶつけるんじゃねえよ。
はらわたが煮えくり返った。ぼくはこういうカッコわるい馬鹿が、一番嫌いなのだ。路上で絵を描いてるなら、どんなに悔しくても、絵で勝負しろ、といってやりたかった。
これは見すごすわけにはいかない。相手にしないのが大人なのだろうが、そういう態度でいると、こういう馬鹿は、地元に帰ってから、「関東の人間は、売られた喧嘩も買ってこねえ、ふぬけだ」みたいなことを仲間うちにいうに決まっているのだ。
ぼくはツカツカと歩みより、言葉を投げた。
「あんた、地元どこだよ?」
「ああっ?」
「そんなに関東が気に入らねえなら、地元に帰って商売しろよ!」
「あああっ?」
「俺らの地元で勝手に商売して、喧嘩売ってんじゃねえっていってんだよっ。いやなら地元に帰ってやりゃいいべよっ、あっ?」
言葉をぶつけながらも、どんなふうに答えてくるか、じつはちょっと楽しみでもあった。路上で似顔絵描きをやるくらいの男だ。もしかしたら何か狙いがあって、喧嘩腰のメッセージを掲げていたのかもしれない。
だが、男から発せられたのは、世間の馬鹿が、決まって使う台詞だった。
「あああっ? んだっ、われっ、こらあぁぁっ! やんのか、こらあっ? かかってこいやあっ!」
……。
「びびってんのか? おおっ? こいやあっ! いてまうど、おおっ?」
……。
ただの馬鹿だった。
何のポリシーもなく、ただ腹いせに喧嘩を売っていただけの、クソだった。
喧嘩を買っておきながら無責任かなとも思ったが、かかわらない方が賢明だと判断し、その場を立ち去った。背後で、おおっ、こらあっ、逃げんなやあっ、かかってこいやあっ、という怒声が聞こえたが、ぼくは無視した。ただ煮えくり返ったはらわたが落ちついたわけではなかった。もっともっといってやりたいことはあった。
だって、ムカつくだろう。
あの男の地元がどこだかわからないし、どんないきさつで千葉にきたのかはわからないが、そこで勝手に「似顔絵描きます」って看板掲げて、それで通行人に向かって「関東の男は~」って喧嘩売ってるんだぜ。だったら地元に帰れっ、て思うだろ?
たしかにその男の地元では、通行人たちの気持ちももっと温かかったのかもしれない。それに比べたら、千葉の人間は冷たく、気取って見えたのかもしれない。
だけど、だからといって、通行人に喧嘩ふっかけていいのか?
百歩ゆずって、喧嘩をふっかけるのも自由としよう。だけど、だったらその喧嘩を買ってくる人間に対する言葉は用意しておけよ。それが何だ? 「あああっ? んだっ、われっ、こらあぁぁっ! やんのか、こらあっ? かかってこいやあっ!」って、馬鹿すぎるだろ?
だがまあいい。怒りはおさまらなかったが、ああいう馬鹿とは、これ以上かかわらない方がいいのだ。喧嘩にも、質がいいものとわるいものの2種類がある。ああいう馬鹿との喧嘩は、当然、後者だ。
その後も何度か、その似顔絵描きを見かけたが、最近はすっかり見なくなった。地元に帰ったのか、路上で絵を描くのをやめたのか、それともたまたまぼくが見てないだけで、べつの日には路上に出ているのか、はっきりしたことはわからないが、少なくともぼくは見ていない。
べつに、知ったこっちゃないけど……。
ああいう馬鹿がぼくは大嫌いなので、ちょっと書いてみた。
それだけの話だ。
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千葉駅前の広場(?)は、けっこう規制もゆるく、その男以外にも、ギター弾きやら、ダンサーやら、詩人やらが、好き勝手に活動している。マナーさえ守っていれば、ぼくはこういう人を応援したいと思っている。いいものに出逢えば、お金を落とすこともある。
そんな気持ちがあるから、はじめてその似顔絵描きを見かけたときも、興味を持った。
で、近くにいって、かれの絵を見てみようと思ったのだが、何と、ボードらしきものに「冷やかしは来んでええ!」と書いてある。
そうなると、単なる興味本位で近づくわけにはいかない。ぼくはあきらめて、立ちどまることなく、かれの前をとおりすぎた。
そのときだ。
その男が、両手で画用紙を持ち、こちらに向けてきた。
何だろう? 何かメッセージのようなものが書いてあったが、一瞬だったから読みとれなかった。
ちょっと気になったので、少し離れた場所から男を観察した。男はぼく以外の人にも、その画用紙を、ちらっちらっ、と向けていた。
ぼくはメッセージの内容を読みとるべく、目をこらした。
そこには何と、こんなことが書かれていた。
関東の男は気取り屋ばっか!
何? こいつ喧嘩売ってんの?
男は道行く人のすべてに、その画用紙を掲げていた。ちらっ、ちらっ、という感じに。顔は不敵ににやついていて、いかにも人を小馬鹿にした感じだった。
馬鹿か? こいつ人間が三流すぎるだろ?
絵が売れないからって、それを通行人にぶつけるんじゃねえよ。
はらわたが煮えくり返った。ぼくはこういうカッコわるい馬鹿が、一番嫌いなのだ。路上で絵を描いてるなら、どんなに悔しくても、絵で勝負しろ、といってやりたかった。
これは見すごすわけにはいかない。相手にしないのが大人なのだろうが、そういう態度でいると、こういう馬鹿は、地元に帰ってから、「関東の人間は、売られた喧嘩も買ってこねえ、ふぬけだ」みたいなことを仲間うちにいうに決まっているのだ。
ぼくはツカツカと歩みより、言葉を投げた。
「あんた、地元どこだよ?」
「ああっ?」
「そんなに関東が気に入らねえなら、地元に帰って商売しろよ!」
「あああっ?」
「俺らの地元で勝手に商売して、喧嘩売ってんじゃねえっていってんだよっ。いやなら地元に帰ってやりゃいいべよっ、あっ?」
言葉をぶつけながらも、どんなふうに答えてくるか、じつはちょっと楽しみでもあった。路上で似顔絵描きをやるくらいの男だ。もしかしたら何か狙いがあって、喧嘩腰のメッセージを掲げていたのかもしれない。
だが、男から発せられたのは、世間の馬鹿が、決まって使う台詞だった。
「あああっ? んだっ、われっ、こらあぁぁっ! やんのか、こらあっ? かかってこいやあっ!」
……。
「びびってんのか? おおっ? こいやあっ! いてまうど、おおっ?」
……。
ただの馬鹿だった。
何のポリシーもなく、ただ腹いせに喧嘩を売っていただけの、クソだった。
喧嘩を買っておきながら無責任かなとも思ったが、かかわらない方が賢明だと判断し、その場を立ち去った。背後で、おおっ、こらあっ、逃げんなやあっ、かかってこいやあっ、という怒声が聞こえたが、ぼくは無視した。ただ煮えくり返ったはらわたが落ちついたわけではなかった。もっともっといってやりたいことはあった。
だって、ムカつくだろう。
あの男の地元がどこだかわからないし、どんないきさつで千葉にきたのかはわからないが、そこで勝手に「似顔絵描きます」って看板掲げて、それで通行人に向かって「関東の男は~」って喧嘩売ってるんだぜ。だったら地元に帰れっ、て思うだろ?
たしかにその男の地元では、通行人たちの気持ちももっと温かかったのかもしれない。それに比べたら、千葉の人間は冷たく、気取って見えたのかもしれない。
だけど、だからといって、通行人に喧嘩ふっかけていいのか?
百歩ゆずって、喧嘩をふっかけるのも自由としよう。だけど、だったらその喧嘩を買ってくる人間に対する言葉は用意しておけよ。それが何だ? 「あああっ? んだっ、われっ、こらあぁぁっ! やんのか、こらあっ? かかってこいやあっ!」って、馬鹿すぎるだろ?
だがまあいい。怒りはおさまらなかったが、ああいう馬鹿とは、これ以上かかわらない方がいいのだ。喧嘩にも、質がいいものとわるいものの2種類がある。ああいう馬鹿との喧嘩は、当然、後者だ。
その後も何度か、その似顔絵描きを見かけたが、最近はすっかり見なくなった。地元に帰ったのか、路上で絵を描くのをやめたのか、それともたまたまぼくが見てないだけで、べつの日には路上に出ているのか、はっきりしたことはわからないが、少なくともぼくは見ていない。
べつに、知ったこっちゃないけど……。
ああいう馬鹿がぼくは大嫌いなので、ちょっと書いてみた。
それだけの話だ。
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