2月26日火曜、店が営業を再開した。
研修施設の朝食出しの仕事を終えたぼくは、仕こみ開始の3時から店に入り、店内の掃除をした。厨房では店長が、急遽店の跡取りとなった息子のNさんに、真剣に料理を教えている。2カ月ぶりに店を開ける感傷にひたっている暇はない。
そんな張りつめた空気に押されて、ぼくも真剣に店の準備をする。入店2カ月のひよっこでも、これからは店長の目がすべて跡取りのNさんにいくため、ぼくはそれを支えるベテランの気がまえでいなければならない。その自覚はあるし、いろんな覚悟をぼくは決めてきた。
夕方5時、店を開けた。
ひさしぶりに立つおでん鍋の前。身も心もひきしまる。ぼくはいつものとおりおたまで汁をすくい、受け皿に注いでその日はじめの味をみる。この味だ。ぼくが惚れこんだ、関東風甘辛の、最高のおでん汁の味。その味が舌をとおして全身につたっていく。
その味が記憶を呼び戻し、ここで働いた日々が鮮明によみがえった。去年の9月末にこの店で働きはじめてから店長の入院で休業するまでの2カ月半、週3日、このカウンターに立って必死に仕事をした。仕事をおぼえるのに手いっぱいだった10月、仕事に慣れつつも、おでんの季節到来で常時満席の店を切り盛りするのがやっとだった11月、忘年会シーズンを迎えてさらにてんてこ舞いだった12月、そして……
今日からまた、忙しい日々がはじまるのだ。
1カ月前におこなったミーティングでの決めごとどおり、しばらく店は4人で切り盛りする。今まで2人でやっていたところを倍の人数でやるのだ。だいぶ楽になる……と思いきや、これがまたかえって忙しいのだ。忙しいというか、やりにくいというか。
今までは、完全に持ち場が決まっていた。2人体制だったから、1人が受け持つ仕事はハンパじゃなかったけど、そこだけに集中していればよかったから、単純といえば単純だった。やりたいようにやっていけたし。だけどこれからはチームプレーになる。人の仕事のやり方に合わせる能力が必要となるのだ。それと、ポジショニングと。
あまり身体を動かせられない店長と、まだ仕事に慣れていないNさん、2人のフォローをしながら、残った2人がカウンターとホールの仕事をする。ぼくはもう1人のスタッフ(この日はHさん)に主に接客をまかせ、飲み物づくりと厨房との連結を受け持った。それをしながら、お客さんの見送りも、ぼくがやる。洗い物もやる。厨房での一品料理も、できれば一角に加わるつもりでいる。しばらくはこのポジショニングでやる。これは店長の指示ではなく、ぼくが勝手に決めたことだ。
2カ月も店を閉めていたから、さすがにこの日は客はあまりこなかった。それでも連絡がつく常連客が12人ほど、お祝いもかねてきてくれたから、店の中はにぎわった。この常連さんたちは、ぼくのことをみっちーまたはみっちゃんと呼んでは親しげにからかい、またぼくの方も人懐っこく接しているので、気疲れがほとんどない。だから2カ月ぶりの店だったけど、テンパることなく仕事ができた。
閉店30分前におかみさんが店長を迎えにきた。
店長は常連客に丁寧にあいさつすると、ぼくらスタッフにも声をかけた。Hさんにはやさしいねぎらいを、Nさんと、この日は客としてきていた娘のMさんには閉店時に際してのやることの指示と頼むぞの言葉を、そしてぼくには……
そうか、やっぱりそうきたか……
その態度で、完全に覚悟ができた。今後ぼくがこの店の中で、どうあるべきかがわかった。店長にとって、他のスタッフにとって、お客さんにとって、ぼくがどういう存在であるべきか。
オーケー。やるしかない。
午後11時、無事、閉店した。
その後、クローズの片づけを、慣れないNさんと、ひさしぶりで動きが鈍いぼくとHさん、客としてきていたMさんの4人で、バタバタとやった。
11時半、片づけを終え、ぼくらは店を辞した。
それぞれがそれぞれの思いを、心に抱いていると思う。もちろん先に帰った店長も、奥さんも、新たにはじまった店に対し、思いがあるだろう。
24時間300円のパーキングまで15分歩き、そこから1時間かけて家路をたどる。ふろに入って床につき、2時間後の3時半には起きて、5時半からの研修施設の仕事に出かけなければならない。
また、きつい日々がはじまる……
のぞむところだ。
覚悟はできている。
研修施設の朝食出しの仕事を終えたぼくは、仕こみ開始の3時から店に入り、店内の掃除をした。厨房では店長が、急遽店の跡取りとなった息子のNさんに、真剣に料理を教えている。2カ月ぶりに店を開ける感傷にひたっている暇はない。
そんな張りつめた空気に押されて、ぼくも真剣に店の準備をする。入店2カ月のひよっこでも、これからは店長の目がすべて跡取りのNさんにいくため、ぼくはそれを支えるベテランの気がまえでいなければならない。その自覚はあるし、いろんな覚悟をぼくは決めてきた。
夕方5時、店を開けた。
ひさしぶりに立つおでん鍋の前。身も心もひきしまる。ぼくはいつものとおりおたまで汁をすくい、受け皿に注いでその日はじめの味をみる。この味だ。ぼくが惚れこんだ、関東風甘辛の、最高のおでん汁の味。その味が舌をとおして全身につたっていく。
その味が記憶を呼び戻し、ここで働いた日々が鮮明によみがえった。去年の9月末にこの店で働きはじめてから店長の入院で休業するまでの2カ月半、週3日、このカウンターに立って必死に仕事をした。仕事をおぼえるのに手いっぱいだった10月、仕事に慣れつつも、おでんの季節到来で常時満席の店を切り盛りするのがやっとだった11月、忘年会シーズンを迎えてさらにてんてこ舞いだった12月、そして……
今日からまた、忙しい日々がはじまるのだ。
1カ月前におこなったミーティングでの決めごとどおり、しばらく店は4人で切り盛りする。今まで2人でやっていたところを倍の人数でやるのだ。だいぶ楽になる……と思いきや、これがまたかえって忙しいのだ。忙しいというか、やりにくいというか。
今までは、完全に持ち場が決まっていた。2人体制だったから、1人が受け持つ仕事はハンパじゃなかったけど、そこだけに集中していればよかったから、単純といえば単純だった。やりたいようにやっていけたし。だけどこれからはチームプレーになる。人の仕事のやり方に合わせる能力が必要となるのだ。それと、ポジショニングと。
あまり身体を動かせられない店長と、まだ仕事に慣れていないNさん、2人のフォローをしながら、残った2人がカウンターとホールの仕事をする。ぼくはもう1人のスタッフ(この日はHさん)に主に接客をまかせ、飲み物づくりと厨房との連結を受け持った。それをしながら、お客さんの見送りも、ぼくがやる。洗い物もやる。厨房での一品料理も、できれば一角に加わるつもりでいる。しばらくはこのポジショニングでやる。これは店長の指示ではなく、ぼくが勝手に決めたことだ。
2カ月も店を閉めていたから、さすがにこの日は客はあまりこなかった。それでも連絡がつく常連客が12人ほど、お祝いもかねてきてくれたから、店の中はにぎわった。この常連さんたちは、ぼくのことをみっちーまたはみっちゃんと呼んでは親しげにからかい、またぼくの方も人懐っこく接しているので、気疲れがほとんどない。だから2カ月ぶりの店だったけど、テンパることなく仕事ができた。
閉店30分前におかみさんが店長を迎えにきた。
店長は常連客に丁寧にあいさつすると、ぼくらスタッフにも声をかけた。Hさんにはやさしいねぎらいを、Nさんと、この日は客としてきていた娘のMさんには閉店時に際してのやることの指示と頼むぞの言葉を、そしてぼくには……
そうか、やっぱりそうきたか……
その態度で、完全に覚悟ができた。今後ぼくがこの店の中で、どうあるべきかがわかった。店長にとって、他のスタッフにとって、お客さんにとって、ぼくがどういう存在であるべきか。
オーケー。やるしかない。
午後11時、無事、閉店した。
その後、クローズの片づけを、慣れないNさんと、ひさしぶりで動きが鈍いぼくとHさん、客としてきていたMさんの4人で、バタバタとやった。
11時半、片づけを終え、ぼくらは店を辞した。
それぞれがそれぞれの思いを、心に抱いていると思う。もちろん先に帰った店長も、奥さんも、新たにはじまった店に対し、思いがあるだろう。
24時間300円のパーキングまで15分歩き、そこから1時間かけて家路をたどる。ふろに入って床につき、2時間後の3時半には起きて、5時半からの研修施設の仕事に出かけなければならない。
また、きつい日々がはじまる……
のぞむところだ。
覚悟はできている。
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