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魂の落書き 〜おでんまちのひ 店主の日記〜

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夏山の記憶~2007年8月 北アルプス涸沢にて

 山の真上の空が青く光っています。
 班の仲間とビールで乾杯し、今は一人、みんなからはずれた場所で二本目の缶ビールを飲んでいます。険しい山道を登りきった後の一杯は、ちんけな表現ですが、やはり格別な味です。
 6月に死にたくなるほどの絶望を体験し、夏の間ほとんど生きる屍だったぼくが、今はこうしてまったく新しい仲間たちと山登りをしています。人生はわからないものだと、ビールを飲みつつ一人苦笑します。
 長い間自分を支えていた夢がついえ、これからはぼくも世間でいうまっとうな暮らしをはじめなければなりません。慣れない仕事をする上で、人並みに何か新しい趣味でもあった方がいいと思い、この登山サークルに入りました。そのサークルの夏山合宿で北アルプスの涸沢にきています。2泊3日の山行の、今日は2日目です。
 サークルの名は「しろうまの会」といいます。障害者と健常者がともに山登りを楽しむサークルです。
 ここには何の垣根もありません。障害者も健常者も何のかわりもない仲間ですし、新入りのぼくとベテランの人たちの間にも壁はありません。山のことなど一つもわからないぼくを、誰もが仲間として迎えてくれています。
 今もぼくが一人でいるところを見つけて、仲間が一人歩みよってきました。
 かれは聾者で、耳が聞こえません。だからほかの人たちとは手話で会話をしています。だけどぼくは手話ができないので、口話や読話、またはジェスチェーで言葉をかわすしかありません。
 そんなつたない会話の途中で、ときおりかれはぼくに手話を教えてくれます。
 表現の仕方とともにその語源を聴くと、手話が単なるジェスチャーではなく列記とした言語であることがわかります。そしてその言語は、ぼくが知るどの国の言葉よりも美しいものでした。
 かれが教えてくれた手話表現の中で、とりわけぼくの心に残ったのは、「努力」という手話です。左の手のひらを立てて壁に見立て、その壁を、右手の人さし指でこじあけるように押すのです。これで「努力」。自分の前に立ちはだかる「壁」をこじあけることを、かれら聾者は努力と考えるらしいのです。
 陽が傾いてきました。
 いつのまにかすべての班が涸沢ヒュッテに到着したようです。幹事さんが「記念写真を撮るよ」と全員に呼びかけたので、ぼくも立ち上がり、新しい仲間たちとともに写真におさまりました。

 最終日は朝四時に起き、1日がかりで上高地まで下ります。
 この山行中、ぼくたちの班は交代で一人の女の人を背負って歩いています。彼女は関節リウマチをわずらっていて、普段は車いすで生活していると聞きました。気を使う必要のない明るい人なので、人見知りのはげしいぼくも、彼女を背負いつつ、ぺちゃくちゃと話しながら山歩きを楽しんでいます。
 もちろん明るい人だとはいっても、彼女には彼女なりの悔しさや哀しさを抱えているのだと思います。世の中は健常者に都合よくできあがっていますから、きっと今までいくつもの理不尽な壁が彼女の目の前に立ちはだかったでしょう。もちろん彼女だけでなく、このサークルのみんなが、そうやって悔しい思いをして生きてきたのだと思います。
 そんな厳しい社会の中で必死に生きている人たちと、ぼくはこの登山サークルを通じて友達になる機会を得ました。何の垣根もなくつきあい、とても楽しい時間をすごしています。
 だけどそれでいいのでしょうか。サークルに入会したというだけで友達になれるのでしょうか。その資格が、ぼくという人間にあるのでしょうか。
 ない、と思います。ぼくには、みんなと肩を並べて歩く資格がない。みんなの人生と比べたら、ぼくの人生などごみも同然ですから。
 人生って何だろうと、ぼくはあの日から、夢を絶たれた6月のあの日から、ずっと考えています。この2泊3日の旅の間もずっと考えていました。明確な答えは、いまだ出ていません。だけどぼくなりの解釈は、この山の旅をとおしてできた気がします。
 たぶん人生とは、長い時間をかけて絵を描くことなんだと思います。絵の具の数は、人それぞれちがうけれど、自分が与えられた絵の具で、人は自分にしか描けない絵を懸命に描いていく。それが人生なんだと思います。
 ぼくは世間でいう「健常者」だから、ほとんどの色の絵の具を持っています。だのに今、ぼくはその絵の具の大半を使わないまま、一度描きはじめた絵をやぶり捨てて、もっと簡単な絵を描こうとしています。
 それは自分の人生を放棄しているのと同じなのかもしれません。通常より少ない数の絵の具で、すごい絵を描いている人が、世の中にはたくさんいるのですから。
 だから……。
 だから、この山を下りて、町に戻ったら、またやってみようと思います。現状はかなり厳しいのはわかっているけど、もう一度死ぬ気で挑戦してみようと思います。「壁」をこじあけてみようと思う。そうやって勇気をふりしぼって生きることが、「しろうまの会」の仲間と本当の意味で友達になるための資格試験である気がするのです。

 上高地が見えてきました。
 山では見かけなかったジーンズやスカートをはいた人の波をよけて、バスが待つ駐車場へと歩きます。旅は終わり、ぼくたちの夏の山は過去へとすぎ去りました。すぎ去ったその山を、ぼくはもう一度だけ振り返ります。
 山の真上の空は今日も青く光っています。



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