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魂の落書き 〜おでんまちのひ 店主の日記〜

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最後の冒険家 石川直樹

2008年1月31日、神田道夫が操縦する熱気球「スターライト号」が、単独太平洋横断のため栃木県を出発した。

当時ぼくはそのニュースを、軽い敗北感をおぼえながら聴いていた。夕方のニュース番組だったと記憶している。



その前年、ぼくは夢にやぶれていた。長い間追い続けてきたその夢は、ぼくの分身といえた。それがついえたのだ。そのときの気持ちは、今思い出してもつらいものがある。死にたい、とはっきりと思った。もちろん自殺などはするつもりはなかったが、この先、すべてを失った状態で生きつづけていく自信がなかった。

自殺はいやだが、命はなくなったっていい。

そう考えたぼくは、半ばやけになって新しい夢をさがした。命を落とす可能性がある行為。たとえば、報道写真家になって紛争地域に写真を撮りにいくとか、疫病がはびこる地域でボランティア活動するとか。

そうやって導き出した夢が、世界七大陸最高峰踏破だった。

世界七大陸最高峰踏破とは、文字どおり世界七大陸の最高峰に登頂することだ。

ちなみに世界七大陸最高峰は以下のとおり。

アジア大陸:エベレスト(ネパール・中華人民共和国、8,848m)
ヨーロッパ大陸:エルブルース(ロシア連邦、5,642m)
北アメリカ大陸:マッキンリー(アメリカ合衆国、6,194m)
南アメリカ大陸:アコンカグア(アルゼンチン、6,959m)
アフリカ大陸:キリマンジャロ(タンザニア、5,895m)
オーストラリア大陸:コジオスコ(オーストラリア、2,228m)
南極大陸:ヴィンソン・マシフ(南極半島付近、4,892m)

世界七大陸最高峰踏破、いわゆるセブンサミッツをやってやろうと思ったのだ。

命を落とすかもしれない冒険だ。それに時間も、金も莫大にかかる。人生をかけてのぞむ行為といってよかった。命をなくしてもいいと思っていたとはいえ、それでもやっぱり覚悟は必要だった。しかもその時点でぼくは、山登りなど一度もしたことがなかっのだ。

ぼくはセブンサミッツをはじめる前に、世界最高峰エベレストをこの目で見ようと思った。この目で見て、自分がどう感じるのか、たしかめたかったのだ。

ぼくはネパールに飛んだ。2007年12月のことだ。

いい旅だった。

すごくおもしろい旅だった。心に残る出来事や情景がごろごろころがっていた。

もちろんエベレストも見た。

カトマンドゥから小型飛行機でルクラに飛び、そこから自分の足エベレスト街道を歩き、標高5357mのゴーキョ・ピークに到達した。そこから至近距離でエベレストを見たのだ。
参考→道下森の道具箱「カリマー クーガー50-75」http://shigerumichishita.blog86.fc2.com/blog-entry-151.html

すげえ、と思った。だがそれだけだった。世界最高峰を征服してやりたい、という思いはわいてこなかった。

加えて、ぼくはおそらく高度に弱いらしく、標高4500mを超えたあたりから高山病の初期症状が出た。これはものすごくつらかった。こんな思いは、もう二度としたくないと思った。

で、世界七大陸最高峰踏破の目標は捨てた。

まあいいや、と思った。夢なんかなくたって生きていけるのだ。まっとうな仕事につき、趣味で旅をしたり山に登ったりすればいい。そう納得して帰国した。



神田道夫が自作の熱気球に乗って太平洋横断へと出発したのは、ネパールから帰国して数日経ってからのことだった。

そのニュースを聴き、ぼくはおそらくこれは失敗に終わるだろうと思った。神田が何人もの冒険経験者に声をかけ、にもかかわらずパートナーが見つからなかったのが、それを物語っていた。とくに2004年にともに太平洋横断をこころみて失敗し、生死をともにした石川直樹氏もが今回はパートナーにならなかったのが、神田の冒険がいかに無謀であるかを物語っていた。

神田道夫の消息は、2月1日3時の連絡を最後にとだえた。

そのニュースを聴き、やっばりなと思うと同時に、ぼくの胸は敗北感でいっぱいになった。自分は神田よりずっと若いのに、冒険の人生は歩けなかった。周囲にはかっこいい理由をいろいろと述べたが、結局はびびったのだ。それを神田は、たとえ失敗したとしても敢行した。同じ男として、絶対にかなわないと思った。

そしてぼくはまっとうな仕事についた。



それから10カ月後、神田道夫の冒険を題材にした本「最後の冒険家」が出版された。本を書いたのは、石川直樹だった。

書店に平積みされたその本から、ぼくは目をそむけた。まっとうな仕事につき、毎週末に趣味で無難な山に登るという生活をしていたぼくは、この本を読んで、また心を乱されるのがいやだったのだ。神田道夫の冒険もそうだが、書き手である石川直樹は、くしくもぼくがやろうとしてできなかった世界七大陸最高峰踏破の最年少記録保持者なのだ。

だから読まなかった。

いや、読めなかった。

自分の小ささをはっきりと知らされるのが、怖かったのだ。



あれから3年が経った。

まっとうだった暮らしからも放り出されたぼくは、また新しい夢を追いはじめた。アルバイトをしながらそ夢に向かって精進をつづける生活は、みじめといえなくもないが、自分では充足している。

そんな折、ひさしぶりに「最後の冒険」の本と出逢った。「持ち歩ける庭のように」という、ぼくがよく訪れるブログの記事で紹介されていたのだ。
参照→持ち歩ける庭のように「最後の冒険家」

その記事を読み、読んでみようか、と思った。今なら読めるんじゃないか。いや、読むべきなのかもしれない。こういう偶然を、ぼくは神からの手紙だと考えているのだ。

で、読んだ。

読んでよかったと思う。忘れていた熱さを思い出せた。

ただやっぱり、悔しさのようなものは感じた。神田のように、あるいは石川直樹のように生きられない自分が、ちょっぴり哀しかった。こんなふうに生きる自分でありたかった。自分にとって究極の人生とは、やっぱり冒険なのだ。

だったらやればいいじゃないか!

いや、ぼくはやらない。冒険の人生は、理想であるがぼくの人生ではない。

ぼくはぼくの人生をいく。

それでいいのだと思うし、それこそが自分にとっての冒険なのだと思う。

この先、ぼくが進んでいく道も、前人未到の、道なき道なのだ。

神田道夫がめざした、太平洋上の空のように。







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