それでも生きていく
なかなか思うようにいかない日がつづいている。
秋がきて、少しはお客さんも増えてはきたけど、それでもまだ理想の感じにはほど遠い。このままずっとこんな感じなのか。そこそこの客の入りのまま冬がきて、そのまま冬が去って、いまいちパッとしないまま春になって、そしてまたあの夏がやってきて、閑古鳥が鳴くのか。考えれば考えるほど不安になる。
きてくれている人たちには、もちろん感謝している。いつもかよってくれる人も、はじめての人も、おいしかった、元気になった、と満足してくれて、そんな声にいつも救われている。必ずまた昔の活気が戻ってくるさ、と希望が湧いてくる。
それでもまた静かな夜がつづいたりすると、不安に押しつぶされそうになる。みんなどこへいったんだろう。あんなにもこの店を気に入ってくれていたのに、いったいどうしちゃったんだろう。自分の何がいけなかったのか、この店の何が気に入らなくなったのか、自分にはもう人を呼ぶだけの価値がなくなってしまったのか、そんなふうに自分を責めて、ひどく傷ついている。
そんな日々がもうずっとつづいているのだ。寒くなってきて、今までのマイナスを取り戻さなきゃと期待が大きい分、その期待に裏切られると、がっくりと落ちこんでしまう。
やめようか……
そんなふうに思うこともある。オープン以来、はじめての感情だ。やめたいわけではない。好きではじめた仕事だ。これからもずっとつづけていきたいに決まっている。だけど人から求められていないなら、やめるしかないではないか。
どの道、このままの状況がつづけば、いずれはやめざる得ないときがくるだろう。店が立ち行かなくなるか、自分の精神がやられるか、どちらかの理由で。
昨日も今日も、静かな夜だった。明日もまた同じなら、自分はもう耐えられないかもしれない。この季節に閑古鳥が鳴くおでん屋なんて、つづけていても意味がないのではないか。傷が浅いうちに、店をたたんだ方がいいのではないか。
自分はまた夢から見放されるのか。何の価値もないあの頃の自分に、また戻ってしまうのか……
生きていくのはつらいなあ、と思う。人生はつらいことばかりだ……
先日、地元の友人から連絡があった。訃報だ。同じ中学のY子が亡くなったという。彼女とはクラスが一緒になったことはないが、学校の廊下で話すくらいの仲ではあったし、成人してからも何度か一緒に飲んだこともある、とても明るい女性だった。
だから、その訃報は、かなりショックだった。
15年ほど前、中学の友人何人かと酒を飲んだとき、そのメンバーにY子もいた。その頃ぼくは仕事をやめたばかりで、新しい仕事について、彼女に相談にのってもらった。そんな記憶が蘇る。
「なんかさ、未知なる世界っていうの、そんな仕事をしたいんだよね。絵描きとかさ」
「道どん(ぼくのあだ名)、絵なんて描けるの?」
「描けない。美術も2だったし」
「じゃあ駄目じゃん」
「今からやってみたら、もしかしたら才能があるかもしれないじゃん」
「ええっ、今から? 私たち何歳だと思ってんの?」
「そういう 固定観念がよくないと思うんだよ」
馬鹿みたい、と笑いながらも、Y子はいった。
「でも道どんなら、今からでも何か突拍子もないことしでかすかもしれないね。何かそんな雰囲気持ってるよ」
絵描きにはならなかったが、その後ぼくは40歳をすぎてから料理の道に入った。そして今、小さいながらも店を持った。これもY子がいっていた「突拍子もないこと」になるのだろうか。
そんなことをぼんやりと思い出すと、無性に悲しくなった。
同時に、どうしてぼくは生きているんだろう、生かされているんだろう、と不思議な気持ちになる。自分がまだ生きることを許されている意味は何だろう。
まだまだやることがあるのだろうか。
通夜は水曜日におこなわれた。店があるから、ぼくは欠席した。かわりに弔電を送った。ぼくの言葉は、Y子に届いただろうか。
翌日、友人から電話があり、無事通夜が終わったと告げられた。
「みんなきてたか?」
「ああ。けっこうきてたよ」
そういって友人は、出席した仲間たちの名を挙げた。
「それだけきてれば、Y子、寂しくなかったよな?」
「大丈夫だよ」
「おれもいきたかったな」
「しょうがねえよ。店があるんだ。店は休んじゃ駄目だよ」
じゃあまた、といって電話を切った。
店は休んじゃ駄目だよ。その言葉が、不思議とY子からの言葉に感じた。
Y子が、遠くからぼくを叱咤しているんだ、と思った。
簡単にいうなよ、とぼくは心の中でつぶやく。気楽に見える仕事かもしれないけど、なかなかきついんだよ。思うようにお客さんもこなくてさ、こっちがどんなに尽くしても、すぐにみんなこなくなっちゃうんだ。おれの料理がまずいのかな。それともおれ自身が人から嫌われる感じなのかな。がんばってるんだけどな。なんかもう疲れちゃったよ……
涙が出た。それが死んでしまったY子への涙なのか、情けない自分の現状に対してなのか、わからないけど、涙が出て、とまらなくなった。
天職なのかなと思ってたんだけどさ、そうじゃなかったのかもな。好きだけでうまくいくほど、人生は甘くないんだな……
でもまだ道どんの人生は終わってないでしょ!
Y子の声が聞こえる。いや、Y子ならそういうだろうと、ぼくが思っただけかもしれない。
生きてるんだから、つらいことがあるのはあたりまえでしょ! あんたの仕事はさ、そういうつらいことがあった人を元気にすることじゃないの! あんたが弱音吐いてどうすんのよ!
Y子の声が、もう聞こえないはずのY子の声が、心に刺さる。そうだよな。生きてるんだから、つらいことだってあるよな。それも含めて、生きてるってことだもんな。そうか、Y子はもう、つらいって感じることさえないんだもんな……
そうだよ、道どん。あんたまだ生きてるんだよ。まだ何だってできるんだよ!
そうだよな。おれはまだ生きてるんだもんな。やることはまだまだ山ほどあるよな。弱音を吐いてる場合じゃない。つらいけど、やるしかないんだ。なあY子、きみはしばらく空にいるのかな。そこから、おれのことが見えるかな。見えるならさ、おれがまた弱気になったらそこから叱ってくれよ。生きてるんでしょ、甘えないでよ、って、大きい声で叱ってくれよ……
Y子の声はもう聞こえなかった。ぼくは、ありがとう、と空に向けていった。
これから冬になる。おでんが恋しい季節になる。思うようにお客さんがきてくれるか、考えると不安になるけど、ぼくは負けない。がんばってがんばってがんばって、不安になってる暇がないほどがんばって、身体がぶっ壊れるくらいがんばって、神様が参った、っていうくらいがんばって、すっ転んだらすぐに起き上がって、下を向かずに前だけを見て、歯を食いしばって、どんなにつらくても客の前では笑って、がんばってがんばってがんばってがんばって、生きてやる。
生きてやる。
それだけやって駄目なら、そのときはそのときだ。
スパッとやめて、突拍子もないことしでかしてやるよ。
絵描きとか、な。
当店のホームページはこちらから
秋がきて、少しはお客さんも増えてはきたけど、それでもまだ理想の感じにはほど遠い。このままずっとこんな感じなのか。そこそこの客の入りのまま冬がきて、そのまま冬が去って、いまいちパッとしないまま春になって、そしてまたあの夏がやってきて、閑古鳥が鳴くのか。考えれば考えるほど不安になる。
きてくれている人たちには、もちろん感謝している。いつもかよってくれる人も、はじめての人も、おいしかった、元気になった、と満足してくれて、そんな声にいつも救われている。必ずまた昔の活気が戻ってくるさ、と希望が湧いてくる。
それでもまた静かな夜がつづいたりすると、不安に押しつぶされそうになる。みんなどこへいったんだろう。あんなにもこの店を気に入ってくれていたのに、いったいどうしちゃったんだろう。自分の何がいけなかったのか、この店の何が気に入らなくなったのか、自分にはもう人を呼ぶだけの価値がなくなってしまったのか、そんなふうに自分を責めて、ひどく傷ついている。
そんな日々がもうずっとつづいているのだ。寒くなってきて、今までのマイナスを取り戻さなきゃと期待が大きい分、その期待に裏切られると、がっくりと落ちこんでしまう。
やめようか……
そんなふうに思うこともある。オープン以来、はじめての感情だ。やめたいわけではない。好きではじめた仕事だ。これからもずっとつづけていきたいに決まっている。だけど人から求められていないなら、やめるしかないではないか。
どの道、このままの状況がつづけば、いずれはやめざる得ないときがくるだろう。店が立ち行かなくなるか、自分の精神がやられるか、どちらかの理由で。
昨日も今日も、静かな夜だった。明日もまた同じなら、自分はもう耐えられないかもしれない。この季節に閑古鳥が鳴くおでん屋なんて、つづけていても意味がないのではないか。傷が浅いうちに、店をたたんだ方がいいのではないか。
自分はまた夢から見放されるのか。何の価値もないあの頃の自分に、また戻ってしまうのか……
生きていくのはつらいなあ、と思う。人生はつらいことばかりだ……
先日、地元の友人から連絡があった。訃報だ。同じ中学のY子が亡くなったという。彼女とはクラスが一緒になったことはないが、学校の廊下で話すくらいの仲ではあったし、成人してからも何度か一緒に飲んだこともある、とても明るい女性だった。
だから、その訃報は、かなりショックだった。
15年ほど前、中学の友人何人かと酒を飲んだとき、そのメンバーにY子もいた。その頃ぼくは仕事をやめたばかりで、新しい仕事について、彼女に相談にのってもらった。そんな記憶が蘇る。
「なんかさ、未知なる世界っていうの、そんな仕事をしたいんだよね。絵描きとかさ」
「道どん(ぼくのあだ名)、絵なんて描けるの?」
「描けない。美術も2だったし」
「じゃあ駄目じゃん」
「今からやってみたら、もしかしたら才能があるかもしれないじゃん」
「ええっ、今から? 私たち何歳だと思ってんの?」
「そういう 固定観念がよくないと思うんだよ」
馬鹿みたい、と笑いながらも、Y子はいった。
「でも道どんなら、今からでも何か突拍子もないことしでかすかもしれないね。何かそんな雰囲気持ってるよ」
絵描きにはならなかったが、その後ぼくは40歳をすぎてから料理の道に入った。そして今、小さいながらも店を持った。これもY子がいっていた「突拍子もないこと」になるのだろうか。
そんなことをぼんやりと思い出すと、無性に悲しくなった。
同時に、どうしてぼくは生きているんだろう、生かされているんだろう、と不思議な気持ちになる。自分がまだ生きることを許されている意味は何だろう。
まだまだやることがあるのだろうか。
通夜は水曜日におこなわれた。店があるから、ぼくは欠席した。かわりに弔電を送った。ぼくの言葉は、Y子に届いただろうか。
翌日、友人から電話があり、無事通夜が終わったと告げられた。
「みんなきてたか?」
「ああ。けっこうきてたよ」
そういって友人は、出席した仲間たちの名を挙げた。
「それだけきてれば、Y子、寂しくなかったよな?」
「大丈夫だよ」
「おれもいきたかったな」
「しょうがねえよ。店があるんだ。店は休んじゃ駄目だよ」
じゃあまた、といって電話を切った。
店は休んじゃ駄目だよ。その言葉が、不思議とY子からの言葉に感じた。
Y子が、遠くからぼくを叱咤しているんだ、と思った。
簡単にいうなよ、とぼくは心の中でつぶやく。気楽に見える仕事かもしれないけど、なかなかきついんだよ。思うようにお客さんもこなくてさ、こっちがどんなに尽くしても、すぐにみんなこなくなっちゃうんだ。おれの料理がまずいのかな。それともおれ自身が人から嫌われる感じなのかな。がんばってるんだけどな。なんかもう疲れちゃったよ……
涙が出た。それが死んでしまったY子への涙なのか、情けない自分の現状に対してなのか、わからないけど、涙が出て、とまらなくなった。
天職なのかなと思ってたんだけどさ、そうじゃなかったのかもな。好きだけでうまくいくほど、人生は甘くないんだな……
でもまだ道どんの人生は終わってないでしょ!
Y子の声が聞こえる。いや、Y子ならそういうだろうと、ぼくが思っただけかもしれない。
生きてるんだから、つらいことがあるのはあたりまえでしょ! あんたの仕事はさ、そういうつらいことがあった人を元気にすることじゃないの! あんたが弱音吐いてどうすんのよ!
Y子の声が、もう聞こえないはずのY子の声が、心に刺さる。そうだよな。生きてるんだから、つらいことだってあるよな。それも含めて、生きてるってことだもんな。そうか、Y子はもう、つらいって感じることさえないんだもんな……
そうだよ、道どん。あんたまだ生きてるんだよ。まだ何だってできるんだよ!
そうだよな。おれはまだ生きてるんだもんな。やることはまだまだ山ほどあるよな。弱音を吐いてる場合じゃない。つらいけど、やるしかないんだ。なあY子、きみはしばらく空にいるのかな。そこから、おれのことが見えるかな。見えるならさ、おれがまた弱気になったらそこから叱ってくれよ。生きてるんでしょ、甘えないでよ、って、大きい声で叱ってくれよ……
Y子の声はもう聞こえなかった。ぼくは、ありがとう、と空に向けていった。
これから冬になる。おでんが恋しい季節になる。思うようにお客さんがきてくれるか、考えると不安になるけど、ぼくは負けない。がんばってがんばってがんばって、不安になってる暇がないほどがんばって、身体がぶっ壊れるくらいがんばって、神様が参った、っていうくらいがんばって、すっ転んだらすぐに起き上がって、下を向かずに前だけを見て、歯を食いしばって、どんなにつらくても客の前では笑って、がんばってがんばってがんばってがんばって、生きてやる。
生きてやる。
それだけやって駄目なら、そのときはそのときだ。
スパッとやめて、突拍子もないことしでかしてやるよ。
絵描きとか、な。
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